大河ドラマ(NHK)

大河ドラマ面白い

梶原景時

 

 

かじわらかげとき

1140年から1200年

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将。鎌倉幕府御家人石橋山の戦い源頼朝を救った。大庭景親に誰もいないと言ってゆずらなかった。何故たすけたのだろう。梶原景時の先祖は後三年の役源義家に従った鎌倉政景とされる。鎌倉氏は良文流平氏。1181年頃、梶原景時源頼朝の元に馳せ参じます。頼朝に重用されました。文武に有能だったのでしょう。

 

梶原景時は双六をして上総広常の首を切り落としています。当時、広常は最大の軍事力をもっていました。源平合戦では景時は義経の監視やく。鎌倉軍の本隊は範頼です。義経は結局は兄の頼朝に追い詰められ奥州に逃げて討死。景時が義経の行動を頼朝に報告した。義家は北海道に逃げたの説もあります。

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梶原平三誉石切

 

梶原景時の変

1192年侍所別当になり、御家人の指揮、警察、罪人の扱いを担います。上総広常の暗殺、御家人たちは景時に監視されていて良い気持ちはしません。頼朝が死に、頼家が後を継ぐと、景時は頼家を補佐しますが、結城朝光を起に御家人66名の弾劾にあって鎌倉を追放されます。

1200年(正治2年)景時は上洛のため一宮を立つが駿河国清見関付近で在地武士と合戦となり景時は嫡子、景季とともに討ち死にしました。

駿河国の守護は北条時政でした。判官贔屓義経のことから景時は悪くされます。

 

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